11延岡市のご案内

2017年6月 5日 (月)

当地(宮崎県の北端の街・延岡市) 市をあげてギネスに挑戦

   当地(宮崎県の北端の街・延岡市)の夏の最大のイベント「まつりのべおか」で、当地の盆踊り「新ばんば踊り」で、ギネス記録挑戦が企画されている。
 
 ギネスに認定されるためには、参加者は全員浴衣着用。履物は下駄草履。同じ動作で5分間、間違えずに踊ることが条件となっている。

 ギネス規定では参加者50人に1人の割合(3千人の場合は60人)で第三者の審査員を配置し、参加者の5%(同150人)が失格した時点で挑戦失敗となる。

 現在の世界記録は、東京都八王子市の2130人。

 「まつりのべおか」では、それを上回る三千人の参加を目指している。

 「新ばんば踊り」は延岡の盆踊りで、江戸後期に盛んだったとされる「ばんば踊り」を基に地方色や現代調を加えて1962年にできた。

 今も、市内全部の学校の運動会で取り入れられており、市民のほとんど全員が踊れると言っても良いほど定着している。

 毎年、数千人の市民が「ばんば総踊り」に参加しており、去年の「ばんば総踊り」では45団体の計約3千人が踊った。

 去年は全員浴衣と草履とはいかなかったが、人数だけならギネス記録更新は難しくはない。

 「まつりのべおか推進協議会」名誉会長の首藤正治市長は「ギネス登録は市民の自信になり、世界へも発信できる。ぜひ新記録の達成を」と参加を促している。

 今年の「まつりのべおか ばんば総踊り」は7月22日。

 問い合わせは事務局(0982・32・6141)。

 ギネス記録で全国発進。

 皆さまの参加をお待ちしている。

 ちなみに私は、「ばんば踊り」を正確に踊れない数少ない市民である。

2017年2月 6日 (月)

2月12日 延岡西日本マラソン

  気のせいか最近、昼間の街中を、軽やかな足どりでジョギングする人が多いような気がする。
 
  私も、血圧改善のために毎日ジョギングをしているのだが、明らかに私の走りとは違っている。
 
  さあーっと音もなく宙をかけるように通り抜けていく。
 
  私はといえば、パタパタと靴音を響かせ、のそのそ走っている。
 
  当地(宮崎県の北端の街・延岡市)は、双子のランナー宗兄弟、バルセロナ五輪銀メダルの森下選手、「こけちゃいました」の谷口選手等々を輩出した旭化成陸上部のある町。
 選手がロードで練習するのは見慣れた風景なのだが、いつもより選手の姿を見かけることが多いような気がしていた。

 それは私の気のせいばかりではなくて、今度の日曜日(12日)の延岡西日本マラソンに出場するために当地に早乗りしている選手なのかもしれない。

 延岡西日本マラソンは、今流行りの市民マラソンとは違い、日本陸連登録者に限られている新人の登竜門的な大会なのだが、ずっとローカルマラソン扱いだった。

 全国版でテレビ中継をされていた防府マラソンと同じ立ち位置の大会だが、延岡西日本は地元ローカル有線テレビでしか放映されていなかった。

 しかし、去年から(だったと思う)、九州各局と山口で放映されるようになった。

 今年も、私が仲良くお付き合いしている同業者・和光産業の甲斐旭部長が出場する。

 私は、出場視覚はなく、応援に行く。

 甲斐旭君の検討を祈っている。

2016年10月 2日 (日)

延岡駅工事中 ここも市内だろ?

 現在、延岡駅は工事中。

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 唯一の公共鉄道JR日豊線は単線。

 駅の出入り口は西側にあるだけ。

 駅の東側に回るには、200m先にある踏み切りを渡るか、高い高架橋を渡っていくしかない。

 日豊線の複線化は宮崎県民の念願だったが、国鉄の民営化であきらめた。

 せめて高架にして、東口と西口に出入り口を作りたいという希望もあきらめた。

 そして今やっているのは、老朽化した駅舎の改修。

 建替えではなく改修なのだ。

 駅の東側に出るための歩いて渡る高架橋は、車椅子対応のエレベータ付きのものに新設されることになっている。

 予算をふんだんに投入すれば1年くらいで完成するのではないかと思う工事なのだが、去年の12月に工事が始まって、完成は来年度。

 工事箇所が徐々に移動しているようで、ちょっと見ない間に工事シートや防護壁の位置が変わっている。

 4~5日前にから仮駅の出口の様子が違っていた。

 駅の出口に新たにできていた案内看板がこれ。

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 でかでかと、しかも4つも同じ表示で「市内方面」との矢印。

 「市内方面」って、「ここも市内じゃないんかい?!」と、思わず突っ込みをいれたくなる。

 駅といえば市の中心。市内のまっただなか。

 「市内方面」と、同じ言葉を4つも並べるのではなく、「駅出口」「市街地」「バス乗り場」と、言葉を変えたらいいのにな。

2015年8月 4日 (火)

8月4日、今日は橋の日。発祥は当地・延岡市

 地元限定ローカル紙夕刊デイリーの今日の一面は、「橋の日」であった。

 8月4日。8・4の語呂合わせで橋の日だが、その発祥は当地(宮崎県の北端の街・延岡市)なのだ。

 昭和61年、湯川利彦さんが、水郷延岡の発展を願って提唱し、当地の安賀多橋で最初の橋の日運動が始まった。

 その後、橋や河川を愛護し環境保全を推進する目的で、湯川さんが全国に声をかけて、少しずつ運動を広めていった。

 そして30周年という節目に当たる今年、47都道府県のすべてで「橋の日」運動が実施されることになった。

 またしても延岡市に誇れるものがあることを知らされた。

 つい先日も、国交省の1級河川の水質調査で、当地の真中を横切る五ヶ瀬川が水質がもっとも良好な河川に認定されていた。

 きれいな川があって、泳げる海があって、日本でも有数の岩のぼりができる山もある。

 このところ、誇れる話ばかりが目につく。

 陸の孤島と言われ、自慢できるものは何にもないというのが口癖になっていたが、自慢できるものがたくさんある。

 念願の高速道路もつながったし、どうぞ、当地延岡に来てみらんけ。 

 あ、そうそう。今や全国版になったチキン南蛮も延岡発祥。

 高速道路の効果もあって、当社の近くにあるチキン南蛮の元祖「直ちゃん」は、県外からのお客さんで連日行列ができている。

 おかげで、私はずっと直ちゃんのチキン南蛮を食べていない。

 

 

2015年5月 9日 (土)

ゴールデンゲームズinのべおか

 最近、一回更新を休んでしまうと、ずっと休みたくなる。

 ということで、今日も書きたくない気分なのだ。

 で、今日は手抜きしてウィキペディアの記事をそのまま引用させてもらう。

 昨日、私の事務所の前を、ピンクやオレンジのかわいいランニングウェアが、いくつもいくつも通りすぎて行った。

 ときどき見かける、ピンクのウエアーの素敵な女性ランナーで気になる女性がいて、その人かなと思っていたのだけど、一人二人ではなくてどうにも気が散ってしまう。

 女性ばかりに目がとまっていたら、男性も走っている。

 それでやっと気がついた。

 今日は、ゴールデンゲームズだった。

 ゴールデンゲームズの正式名称は、「ゴールデンゲームズinのべおか」という。

 ウィキペディアにうまくまとめられているので、そのまま転載させていただく。

 ゴールデンゲームズinのべおか(ゴールデンゲームズいんのべおか、Golden Games in Nobeoka)は毎年5月下旬に宮崎県延岡市の延岡市西階総合運動公園陸上競技場で開催される陸上競技大会。

 主催は宮崎陸上競技協会、ゴールデンゲームズinのべおか実行委員会。地元・延岡市を拠点にしている旭化成陸上部が協賛を行なう。

 1990年創設。元々は同年に旭化成陸上部の練習用グランド「レーヨングラウンド」が全天候型グランドに改修されたことを記念して開かれた記録会が発端である。

 当初は1回限りの予定だったが、参加した選手や監督・観客からの予想以上の好評を受けて翌年以降も継続されることになった。

 観客の増加に伴いレーヨングラウンドでは観客を収容しきれなくなったため、1997年第8回大会より西階総合運動公園陸上競技場へと会場を移した。1999年から日本陸上競技連盟の後援大会となっている。

 2009年現在は900人以上の選手が参加して、中距離走・長距離走を中心に14種目35レースが実施される。

 競技は午後から夜にかけて行なわれ、好記録が出やすいことで知られている。

 九州地方はもとより、日本各地からランキング上位の記録を持つ実業団選手が集まり、大学生や高校生の参加も多い。

 入場料は無料ながら35000人の観客を集める。

 また地元ケーブルテレビのケーブルメディアワイワイが大会を完全生中継している。

 1993年第4回大会からスポンサーを募っており、競技場内のトラック外側にブリキ板の広告を多数掲出している。

 大会の特徴として、観客は広告越しに観戦しつつ、レースが始まるとその広告をバンバンと叩いて応援し、さらに宗茂によるマイクパフォーマンスが選手を鼓舞する独特のスタイルを持つ、地元による手作り感溢れる大会である。

(※私の友人は、当初からのファンで、面白いと言って毎年見に行っていた。私はと言えば、走りっこを見て何が面白いんだろうと思って見に行ったことはない)

 そんな大会なのに、今日は朝から雨。

 残念だなと思っていたら、昼から雨が上がり、絶好の陸上日よりになった。

 私は、仕事の都合で見に行けないが、選手の検討を祈っている。

2015年3月20日 (金)

明日、東九州道路 宮崎・大分間開通

  明日、東九州自動車道の宮崎・大分間が全線開通する。
 
 
  当地(宮崎県の北端の街・延岡市)にとって、開通は悲願であった。
 
 
  宮崎市は、とうの昔に九州道路で熊本福岡とつながっていた。
 
 
  当地・延岡市とお隣の佐伯市(大分県)が高速道路網から取り残されていた。
 
 
  それが明日、ようやくつながることになった。
 
 
  高速道路網から取り残されたもの同士で、佐伯市と延岡市は手を結んできた。
 
 
  九州の西側をつなぐ九州道路に遅れること数十年。
 
 
  なかでも、宮崎県北部と大分県南部が最後まで取り残されていた。
 
 
  やっとのことで佐伯市と延岡市間がつながることが現実になってきて、ここ数年、佐伯市と延岡市は歩調を合わせて地域振興に力を注いできた。
 
 
  佐伯市の行事に延岡市から参加し、延岡市の行事には佐伯市から応援に来てくれた。
 
 
  市役所の職員さんも互いに出向させて、行政も共同歩調をとってきた。
 
 
  やっとのことで道路網がつながることになって、延岡市をあげて喜びの声が上がっている。
 
 
  一方で、喜んでばかりはいられない。
 
 
  入ってくるより出て行く人の流の方が多い、ストロー現象を心配する声もある。
 
 
  じっとしていては吸い出されてしまう。
 
 
  そうならないように対策を練っている企業も少なくない。
 
 
  ぼんやりしている私も、流が起こっていることだけは感じている。
 
 
  流は感じているが、対策をとってはいない。
 
 
  高速道路がつながることは嬉しいが、大きな流に流されてしまいそうな不安を感じている。

 

2014年10月 5日 (日)

延岡水郷 鮎やな

 昨日の「のべおか天下一薪能」での延岡市紹介に続いて、今日は「延岡水郷 鮎やな」を紹介させていただこう。

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date昨日の記事を書くにあたって参考にさせてもらった延岡観光協会のホームページに、こんな素敵なポスターがあった。

 鮎やなは、竹や木を組んで川の一部を仕切って魚を捕らえるという漁法だ。


 これ自体は珍しいものではないが、市街地の真ん中にこれだけ大きなスケールのものは他に類をみないという。

 期間中は、市内外から多くのお客さんで賑わう。

 今年は、高速道路がつながって、県外からのお客さんが増えるものと期待されている。

 広い駐車場も用意されています。

 ぜひお越しください。

 ちなみに、観光協会調は、私を「薪能」に招待しててくれた師匠。

 偶然ではあるが、去年から私の同級生が事務局長になっている。

 了解をもらって、写真はすべて観光協会から拝借した。

2014年10月 4日 (土)

「のべおか天下一薪能」 10月11日(土曜日)

 10月11日(土曜日)城山城址で「のべおか天下一薪能」が模様される

第18回リーフレット表紙

今日のTBSラジオ「永六輔の土曜ワイド」で、ゲスト出演の人形浄瑠璃演者 豊竹咲大夫さんとの対談の中で、「いまだに『能』の(良さが)わからないし、つまらない」と言っていた。

 だけど、毎年「能」の舞台は観に行っているという。

 毎年観に行っていて、いつもいっしょになる女性がいて、ある時、その方に、気になるから何度も観に来ているのだけど、いっこうに「能」がわからないと質問をしたというのだ。

 すると、その女性は、「気になるってのがいいんですよ。それでいいんです。」と答えられたそうだ。

 それを聞いた豊竹咲大夫さんも、「気になるってのがいいというのは、そういうことですね」と答えていた。

 あの永さんが、「能」がわからないと言われていたのは驚きだった。

 おりしも、来る10月11日(土曜日)、延岡城址公園で「のべおか天下一薪能」が催される。

 「天下一」というのは、安土桃山時代から江戸時代初期にかけ、「天下一」の称号を授けられた能面作家のこと。

 当地(宮崎県の北端の街・延岡市)の内藤記念館に、「天下一」の手による能面30面が所蔵されている。

 この能面を掛けて、能楽界最高峰の演者が能を舞う。

 ところは当地、延岡城址公園。

 お城は残っていないが、「千人殺しの石垣」と呼ばれる石垣が見事に保存されている。

 この石垣はお城好きには一目置かれるものらしく、「日本のお城62号」の表紙を飾っている。

 
  夜の帳が降た「千人殺しの石垣」を背に、漆黒の闇の中でかがり火に浮かぶ幽玄の世界。

 今年で18回目になる「のべおか天下一薪能」には、県内外から多くの観客を集めている。

 かくいう私はといえば、1度だけ、師匠の招待を受けて観覧に言った。

 一番安い席でも4,000円、一番席数の多い正面席は10,000円という、私にとっては高額だもので、自腹で行くのにはためらいがある。

 師匠は、このイベントの元おこしの中心人物でもあるので、毎年、自分はもとより、お世話になった方を招待している。

 私も、ありがたくご招待を受け、一度だけ観に行った。

 しかし、正直言って、面白くはなかった。

 10分位は、神秘的で幽玄な雰囲気を味わえたのだが、そのあとは退屈でしかなかった。

 なんせ、謡いやセリフの意味が皆目わからない。

 踊りも単調で動きも少ない。

 招待してくれた師匠も、私以外の観客たちも、みんな口々に「すばらしい」と絶賛していた。

 周囲からも、「よかった!」「すばらしかった!」という声が聞こえてくる。

 私は招待を受けた身。「ありがとうございます。いいものを見せていただきました」と感謝の言葉を述べたが、本当は、まったくわからなかった。

 城址からの帰り道を歩く人の誰からも、「わからなかった」という言葉は聞こえなかった。

 私は、自分の芸術への理解力の無さを恥じつつ帰路についた。

 それ以来、毎年「薪能」の季節が来ると、あの日の屈辱がよみがえっていたのだ。

 それが、今日、あの永六輔さんから「能はわからない。おもしろくない。」という言葉を聞いた。

 永さんは、だけど毎年観に行っているらしい。

 そこが永さんと私の差だが、永さんの「能はわからないよね。だけど気になるから観に行っているんだ。」という言葉を聞いて、私も、もう一度観に行ってみようかなと思った。

 そうなんだよね。

 私同様、「能」がわからない人や、面白くないと思った人も多いはず。

 そんなことを言うと馬鹿にされそうで、「よかった」としか言えないのだろう。

 「能はいまいちよくわからないけど、なんか神秘的な雰囲気がいい」と言ったほうが、一般庶民は安心して観客になれるんじゃないかなと思った今日の出来事だった。

2014年10月 2日 (木)

 琴恵光 新十両誕生に沸く 地元延岡市

 昨日の、当地(宮崎県の北端の街・延岡市)地元限定ローカル紙「夕刊デイリー」の1面トップは、琴恵光関の十両昇進のニュース。

 宮崎県から32年ぶりの関取誕生とあって、もう、当地(宮崎県の北端の街・延岡市)は、上を下への大騒ぎなのだ。

 市役所には「祝 佐渡ケ嶽部屋 琴恵光関 十両昇進おめでとう」の懸垂幕が下がった。

 商店街にも新十両誕生を祝う横断幕が掲げられた。

 琴恵光関の実家は私の実家のお隣。

 9月28日のブログに書かせてもらって、そのとき書き忘れていたが、実家は山下町の「ちゃんこ松恵」。

 十両までいったお祖父さんの四股名「松恵山」が屋号の由来だ。

 お祖父さんは他界され、今はお父さんが経営しておられる。

 「目標はお祖父ちゃん以上」と言って、中学卒業と同時に延岡市を出た少年が、目標の入り口の扉をこじあけた。

 さらに、お祖父さんを追い越すことを目標に掲げて精進を続けてもらいたい。

 つくづく、「最近の若者に感心させられる」

2014年10月 1日 (水)

当地(宮崎県の北端の街・延岡市)出身、新十両 琴恵光(ことえこう)関のイケメンぶりは、来場所を賑わす話題になりそう

 今朝、珍しい人に会った。

 実家のお隣さんで、今の事務所からも近くの人だから、ちょくちょく顔を合わせていて格別に珍しいというわけではないのだが、三日前に私がブログで話題にした人だったということで奇遇に感じたわけだ。

 柏谷さんとおっしゃる。

 三日前のブログに取り上げさせてもらったのは琴恵光関。

 (琴恵光関といっても、まだ正確には「関取」ではないのだが、来場所の十両昇進が確実視されているのだ。「間違いない!」)

 柏谷さんは、そのお父さん。

 朝から私の事務所の近所にいるのも珍しいこと。

 息子さんの十両昇進のお祝いの言葉をかけようと思って近づくと、「(息子のことを)ブログに書き込みありがとうございました」と、先にお礼を言われてしまった。

 「ぎょぎょっ!」どうして私のブログの存在を知っているのだろう?

 こう見えて(どう見えているかはわからないが)いたって内気なもので、思いもかけない人から「ブログ見てますよ」なんて言われると、気恥ずかしい思いで照れくさい。

 誰が読むかわからないので、こう見えて(どう見えているかはわからないが)気が弱いもので、実名を名乗って書いていることもあって、だから極端な人の悪口は書けないのだ。

 柏谷さんから私のブログのことを言われたので、パソコンを開いてブログのアクセス解析を確認してみる。

 すると「十両 琴恵光」のキーワードで5件のアクセスがあったいた。

 グーグルの検索結果は17番目。

 グーグルには「イケメン 琴恵光」という検索ワードもある。

 ついでにその検索ワードでググッてみると、琴恵光関のイケメンぶりでもりあがっているではないか。

 やっぱり!

 (イケメンぶりは、私の9月28日のブログに写真を張り付けているのでごらんください)

 自慢ではないが、私は7年前の初土俵のときから、お父さんの柏谷さんに「息子さんが強くなったら絶対に相撲界一のビジュアル力士になれる」と言っていたのだ。

 ネットを見ていると、まだ幕下なのに、すでにそのハンサムぶりが話題になっている。

 公平に審査しても、今、一番人気の遠藤関より顔は勝っている。

 心配なのは相撲取りとしては、恵まれているとはいえない小柄な身体。

 この身体で十両までこぎつけたということは、文字通り血の滲むような練習を重ねた結果なのだろう。

 体系的には、同じくハンサム力士としても人気のあった寺尾関を彷彿とさせる。

 くどいようだが、顔は寺尾さんにも勝っているよ!

 なお一層の精進を重ね、さらなる飛躍をすることを心から祈っている。

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