13青島太平洋マラソン

2017年12月12日 (火)

悪徳不動産日記 青島太平洋マラソン2017 番外編  JRの利用者無視の体質か?

 昨日は、フルマラソンを走った後遺症で体中がきしんでいた。

 足には激痛が走り、歩くのもままならなかった。

 4年前、去年、今年と3度目のマラソン。

 初マラソンが一番練習期間が短かったが、4時間台での完走。

 2回目の去年は、今年と、続けて記録は落ちた。

 寄る年波で体力が落ちているのだと、年を素直に受け取っていた。

 しかし、今朝、目覚めて布団から抜け出し、体を動かしても痛みが少ない。

 階段も、筋肉痛は残っているが、両足交互に踏み出して降りることができる。

 4年前は、大会後3日目までは、まともに歩けなかった。

 42㎞を体が記憶しているのかもしれない。

 というところで、青島太平洋マラソンに関連して、JRの利用者のことを考えていない対応について一言申し上げたい。

  余談だが、そもそも私は日本旅客鉄道がJRと呼称するのも気に入らない。

  日本郵便はJP、日本たばこはJT、農協はJA。

 安倍総理はじめ国粋主義者の方々は、これをいかがお考えなのだろうか。

 日本の国粋主義者の覇権争いの先は、東南アジアには向うが、欧米には追従するという潜在意識を露呈しているようでならない。

 ところで、今日話題にするJR九州の正式な社名は九州旅客鉄道である。

 JR九州という呼称をやめろとはいわないが、九鉄という呼称もいいではないか。

 話しを本題に戻して、私が経験した、一昨日の青島太平洋マラソンにおけるJR九州の職員さんの対応について問題提起と改善提案をひとつ。

 まずは、一昨日のブログに書いた出来事。

 それはこんな内容だった。

 一角日、私の勘違いで列車をひとつ乗り遅れた。

 5時15分の電車に乗らなくてはいけなかったのに、5時33分の電車だと勘違いしていた。

 去年、甲斐博さんといっしょに行ったのは5時15分初の電車だった。

 この電車で宮崎駅に着いたら、待機している日南線の電車がすぐに出発というスケジュールだった。

 都会と違って、当地・宮崎県では、通勤時間帯でも電車は1時間2、3本しか走っていない。

 5時33分の電車に乗ると宮崎駅着は7時4分。

 マラソンの受付締め切り時間は、8時。

 宮崎駅からマラソン会場の最寄り駅の木花駅までの所要時間は15分。

 7時4分到着で、すぐに乗換電車があれば間に合う。

 それで私は、駅員さんに聞いた。

 「今日、青島太平洋マラソンに出る予定だったのですが、去年はひとつ前の電車で行ったからゆっくりまにあったんですけど、5時33分の電車で行って乗り換えで行くと、木花駅着は何時になりますか?」

 その答えは、「8時8分ですね」であった。

 木花駅から会場まで10分はかかる。

 アウト。

 それであきらめて帰りかけたのだが、私が駅を出ようとしたときに、駅に駆け込んできた女性がいた。

 その女性がマラソンに出るような雰囲気だったので、たずねてみたら思った通り青島太平洋マラソンに出場するとのことであった。

 それで、私もあわてて切符を買って、彼女らの後を追いかけるように、出発待機をしていた電車に飛び乗った。

 電車内には、いかにもマラソンに出そうな人が10人以上はいた。

 近くの席の人に声をかけたら、やはり青島太平洋マラソンに出るという。

 宮崎駅からマラソン会場まで臨時バスが出ていて、充分間に合うとのことだった。

 青島太平洋マラソンは、年々人気があがり、県内外から申込みが殺到し、今年は申込み開始からわずか数十分でフルマラソン9000人の定員がいっぱいになってしまった。

 全レースの参加者は1万2千人。

 その半数近くは県外からの参加者。

 大会前日の宿初施設は、どこも満室状況。

 大会がもたらす経済効果はいかばかりか。

 県知事みずからテレビCMに出演。

 大会申込の数カ月前から大会参加のCM。

 大会申込み締め切りのあとからは、運営ボランティアのよびかけのCMを流している。

 駅員さんは、こんな大きなイベントの開催をご存じないのだろうか。

 一昨日、駅に駆け込んできた女性に出会わなければ、私は大会参加を断念していた。

 大会申し込み当日、申し込み受付開始15分前からパソコンの前に座り、インターネットの申し込みサイトを立ち上げて待機し、受付開始と同時にインターネットの申し込みボタンをクリックしたけど、申し込みが殺到していてつながったのは6分後。

 参加料8500円の支払いも済ませていたけど、それも水の泡。

 乗り継ぎを調べてもらった駅員さんにも、その事情は重々説明したのに、バス便に乗り換えれば間に合うなんて情報はもらえなかった。

 しかしこのときは、JRの通常業務とは関係ないことだろうから、駅員さんを責める気持ちにはならなくて、女性二人に出会った幸運に感謝した。

 果たして、宮崎駅に到着。

 私の席の近くに座っていた人の後をついていけばいいと思っていたのだが、その方はトイレの方に行ってしまった。

 それで、改札でお客さんを誘導していた駅員さんに、「マラソン会場に行くためのバス停はどちらになりますか?」と聞いてみた。

 東口から出た方がいいのか、西口から出た方がいいのかという程度のことを確認するつもりの質問であった。

 その質問に対する駅員さんの答えに、私は仰天した。

 「(私は鉄道員だから)バスのことはわからないですよね」と言うのだ。

 宮崎市には、県外からのお客さんが5000人以上は来ているはず。

 県外からマラソンに出るために宮崎にきてくれているお客さんに、こんな応対をしているのだろうか。

 駅員は、電車に乗るお客さんの応対で手がいっぱいだよといわんばかりの態度。

 私は、いっしゅん途方にくれそうになったが、まわりを見回してマラソンに出そうな人を探した。

 何人かそれらしい人がバッグを抱えて、早足で出口に向っている。

 その人の後を追いかける。

 駅をでると、すぐのところに人のスポーツバッグを抱えた人の行列があった。

 誘導員の方がマイクで案内していた。

 どうやら、臨時バスが10分おきに出ているようだ。

 バス乗り場は、宮崎駅西口を出た目の前。

 おそらく6時前からバスが動き、そのバスに乗り換える乗降客が駅構内を行き交っていたはずだ。

 それなのに、あの駅員は、バスのことなどまったく気がつかなかったのだろうか。

 県外からのお客さんが5000人以上。

 それらお客さんの旅費、宿泊費、飲食代だけでも経済効果は数億円になるはずだ。

 旅行客の足を担うJRも、その恩恵を授かっている代表的な業種のはずだ。

 青島太平洋マラソンは、見返りを求めないボランティアの力に支えられて大きく育ってきた。

 それなのに、直接的にその恩恵を授かっている交通機関であるJRの職員の無関心さには怒りを感じた。

 宮崎は観光を地域活性化の重要な柱のひとつとして、観光客の誘致に頭をひねっている。

 だが、県内に多くの観光名所があっても、残念ながら公共交通機関が整っていない。

 公共交通というハードを整備するのには莫大な費用と時間がかかるが、お客さんのおもてなしというソフトを整えるのにはお金も時間もかからない。

 ひとりJRだけのことではなく、県民こぞって来訪客への親切な対応を心がけたいものだ。

 これは、日頃悪徳不動産を標榜して、愛想の悪い私への自戒を込めた提案でもある。

 

2017年12月11日 (月)

青島太平洋マラソン 最後のマラソンはボロボロ

 私の、最後のフルマラソンはボロボロだった

 昨日、会場に向う電車の中で書いたブログのとおり、出だしからつまずいた。

 会場に到着して受付をすませたのは締め切り5分前。

 更衣室に向っていると、開会式のアナウンスが流れてきた。

 早々に着替えを済ませ手荷物を預けて外に出ると、開会式は終わり、選手はスタートの場所に集合を始めていた。

 ランニング用のウォークマンをバッグの中に忘れてきたのに気がついたが、取りに戻る時間はない。

 スタート2時間前の電車の中で食べるつもりでおにぎりを用意していたのだが、それも食べ忘れていた。

 気がついてしまうと、心なしか空腹感を感じる。

 出発の電車から間違ってしまって、なんとかなったと思っていたら、またしても忘れ物。

 まあ、いいさ、これくらいは。大勢に影響は無い。ぎりぎりに到着したせいで、スタートまでの待ち時間は短くてよかったと、前向きに考える。

 「スタート5分前」スタートまでのカウントダウンが始まった。

 ウエストポーチからスマートフォンを取り出し、ランニングアプリ起動させる。

 1㎞ごとに通過を音で報せてくれて、ラップタイムと累計タイムを表示してくれる、使い勝手のいいアプリだ。

 練習では、このアプリで毎回記録をとりながら走ってきた。

 ところが、ここでまたしてもトラブル発生。
 
 今まで具合が悪くなったことのなかったアプリが起動しないのだ。

 何度やっても起動しない。

 スマートフォンを再起動してみたが、やっぱり起動しない。

 GPSと連動しているので、GPSを確認したがGPSは正常に動いている。

 これは困ったことになった。

 あれこれやってみたが起動しない。

 そうこうしているうちにスタートの合図。

 4000番目くらいのスタート位置にいたので、スタート合図から2~3分してじわじわとスタート。

 スポーツタイプの腕時計をストップウォッチモードにしてスタートした。

 腕時計は操作が複雑すぎて使いこなせないので、アプリをスタンバイの状態にして、人の流れに乗って走り出した。

 走り出してからも、何度もスマートフォンをウエスとポーチから取り出し確認するが、やっぱりアプリは動かない。

 何度も取り出していたら、非常用で入れていた小銭をばらまいてしまったという、おまけ付き。

 音で、500円玉と100円玉数枚だとわかったが、スタートして余り時間が経ってなくて、混雑の中で走っている状態で拾うことなど出来やしない。

 なんだかんだと小さいトラブルはあったが、とにかくスタートした。

 1週間前から風邪をひいて、まだ少し咳も出るので心配だったけど、走り出してみると調子は悪くない。

 1週間練習を休んだせいで、疲労がとれたのかもしれない。

 ストップウォッチでの1㎞のタイムは予定より少し早い。

 ストップウォッチでのラップタイムの測り方はわからないので、㎞表示後とのタイムを記憶していて、頭の中でラップタイムを計算しながら走っていたが、5㎞を過ぎたときもラップが少し早いような気がした。

 それから先は計算が複雑になって計算できなくなったが、やはりちょっとペースがちょっと早いような気がした。

 今日の目標は、歩かないでゴールすること。

 初マラソンのときに比べてスピードが遅くなっているので、歩かないことを目標に定めた。

 果たして20㎞。

 ストップウォッチを確認すると、2時間7分台。

 初マラソンのときの20㎞のタイムは2時間10分ちょっとだったはず。

 それより3分も早い。

 直前の1週間、練習ができなかったことが、疲労がとれていい結果になったのかもしれない。

 多少スピードを落として、このまま歩かずにゴールできたら記録更新は間違いない。

 新記録で有終の美をかざれるかもしれない。

 風邪をひいたことが、怪我の功名になるかもしれないなんて、うれしい想像をしながら走っていた。

 ところが、20㎞地点を過ぎて上り坂になる橘橋の途中くらいから、ふくらはぎに違和感を感じる。

 去年は、15㎞過ぎから足に違和感を感じだして、20㎞過ぎから足がつりだした。

 あのときの感覚なのだ。

 去年は練習不足で、退会前の練習中にも何度か足がつった。

 今年は、10月11月は130㎞くらいは走って、足がつったことなどなかった。

 足がつるなどという不安はなかった。

 それで、今年は歩かずにゴールすることを目標にしていた。

 去年のような状態になったら、とても走りきることはできない。

 それで少しペースを落として様子をみることにした。

 なんとなく違和感が和らいだような気がしてきた。

 なんとかこのままいけたらいいなと思いながら走っていたのだが、橋を登り切ったあたりで、ついに足がつり始めた。

 スピードを落としてなんとか乗り切ろうとしたが、激痛で走れなくなってしまった。

 平坦コースといわれる青島太平洋マラソンの中で、一番の急勾配が、ここ橘橋なのだ。
 疲れが出始める20㎞過ぎでの上り坂が大きな関門になっているのかもしれない。

 路肩に寄って、ストレッチをして痙攣をおさめ、気を取り直してこわごわと走り出した。

 なんとか走れそうだ。

 そう思って走っていたが、またしても違和感。

 これ以上ひどくならないように、さらにスピードを落とす。

 足の様子をみながらの走り。

 しかし、それも長くは続かなかった。

 また足がつってしまった。

 痛くて走れない。

 路肩によってストレッチしては走るということの繰り返し。

 今日になってコースの案内図を確認してみたら、23㎞地点から、ごくゆるやかではあるが長い上り坂が続くのだ。

 2㎞メートルで20mの勾配差というごくゆるやかな坂で、走っているときは気がつかなかったのだが、後半に入いっての上り坂なので、私のような走り込みの足りない者にとっての大きな障害になっていたのかもしれない。

 とにかく、25㎞過ぎからは200mから300m走ると、足が痙攣。

 休んでストレッチして、走り出すと、また痙攣。

 その繰り返しだった。

 30㎞からは、走っているよりも、立ち止まったり歩いたりする時間の方が多かった。
 とにかく足が痛くて、泣きたい気持ちになって、心が折れそうだった。

 それを救ってくれたのは、沿道の声援。

 逃げ出そうと思うこともあったのだけど、とぎれない声援が背中を押してくれた。

 高校生のボランティアグループが、励ましのハイタッチの手を差し出している横を通るときには、力を振り絞ってハイタッチを受けながら走った。

 最後の5㎞は、それもできなくなってしまって、足を引きずりながらのゴールイン。

 結果は、5時間33分50秒。

 明らかな練習不足だった去年より悪いタイム。

 なんとか完走したが、完走というより完歩とでも言うべき記録だった。
 
 ともあれ、今回で私の青島太平洋マラソンは終了。

 青島太平洋マラソンは多くのボランティアに支えられて、日本に誇れるいい大会だと思う。

 青島太平洋マラソンがいつまでも続いていくことを願いつつ、私の青島太平洋マラソンは終った。

2017年12月10日 (日)

青島太平洋マラソン2017 受付時間に間に合わない!

 4時20分起床。

 

 念のために5分おきにアラームをセットしておいたのだが1発目のアラームで起床。

 

 いよいよ今日が青島太平洋マラソン。

 

 トイレをすませ、身仕度を整える。

 

 そして、昨日買っておいた、おにぎりで腹ごしらえ。

 

 用意しておいた手荷物を点検。

 

 準備万端おこたりなし。

 

 電車の時間にあわせてそろそろ家を出ようとしていたその時に、甲斐博さんから電話の着信。

 

 心配してくれてるのかと、感謝しつつ電話に出る。

 

 すると「赤池さん、電車に乗ってます?」と言うではないか。

 

 私が乗る予定にしてたのは5時33分の普通電車。

 

 その一つ前に5時15分の特急が甲斐さんの言っていた電車だったのだという。

 

 去年もその電車で行ったのだが、一本後の電車だと勘違いしていた。

 

 宮崎駅着が40分くらい違う。

 

 マラソンの受付締切時間は8時。

 

 間に合うだろうかと思いつつ延岡駅に行く。

 

 マラソンの会場の最寄り駅までは宮崎駅から乗り継ぎで行かなくてはならない。

 

 駅員さんに電車の乗り継ぎ時間を聞くと、最寄り駅着は8時55分とのこと。

 

 悲しいかな、間に合わない。

 

 多少なりとも練習してきたから、ちょっと心残りではあったが、まだ少し咳が出てるし、出るなということだとあきらめることにした。

 

 とぼとぼと駅から出ようとしたとき、スポーツバッグを背負った二人組の女性が駅に走り込んできた。

 

 スポーツウエアを着ている。

 

 見ると、あわただしく自動券売機で切符を買っている。

 

 間に合う方法があるのだろうか?

 

 意を決して「青島太平洋マラソンに出るんですか?」と聞いてみた。

 

 やはり、出るのだという。

 

 女性たちは切符を買ってあわただしく改札に向かう。

 

 私も、切符を買って後に続いた。

 

 ホームに待機していた電車に乗り込むと、マラソンを走るんだろうなと思われる人がを何人か乗車していた。

 

 近くの席の人に聞いてみると、やはり青島太平洋マラソンに出るのだという。

 

 この電車で間に合うんですか?と聞くと、宮崎駅から会場まで臨時バスが出ているので間に合うらしい。

 

 ということで、今、電車の中です。  

2017年12月 9日 (土)

青島太平洋マラソン 明日号砲 出場して終ります

 ここ数日、何人かの人から、青島太平洋マラソンには出られるんですか?と聞かれた。

 私のブログを読んでくれている方々だ。

 ありがたいことです。

 その方々へのご報告です。

 明日は出場します。

 まだ完全には咳は止まってはいないけど、頻繁に出るわけではなくて、体調は悪くない。

 気がかりなのは、最後の1週間の調整をしていないこと。

 とはいえ、もともと退会前の4日間は完全休養の予定にしていたから、完全休養が3日増えただけのこと。

 かえって、疲労が抜けていい結果になるやもしれない。

 今回が、3度目で最後のフルマラソン。

 初出場の記録を更新することを目標にしていたのだが、練習の記録からすると、それは無理。

 弱り目にたたり目で、1週間前になっての風邪。

 マラソン先輩の甲斐博さんの言葉のとおり、楽しんで走ることにしよう。

 とは言うものの私の脚力では、とても42㎞を楽しんで走ることなどできやしない。

 沿道の温かい声援に感謝と感動を感じながら走ることにします。

 

 

2017年12月 8日 (金)

青島太平洋マラソン2017 こまったことに体調微妙

 青島太平洋マラソンが明後日に迫っている。

 風邪を口実に欠場しようと思っていたけど、甲斐博さんから激励を受け、出れたら出ようと思いなおしたのだが、風邪の具合が微妙。

 今日も咳が出る。

 昨日に比べるとずいぶんよくなったような気もするが、ひょっとしたはずみに咳がとまらなくなる。

 明後日は大丈夫なのではないかとも思うのだけど、なんともはっきりしない今日の病状。

2017年12月 7日 (木)

太平洋マラソン2017

 昨日、ぐだぐだとしたブログを書いた。

 くだぐだとあれこれ書いているが、要は、風邪を理由に欠場しようと思っていたけど、甲斐博さんから電話をもらって、やっぱり出場しようかなというだけの内容。

 あーそれなのに、それなのに、昨日の夜から咳がひどくなってしまった。

 夜、咳で何度か目が覚めたし、咳が止まらなくて、今の状態では走れない。

 やっぱり無理かなー。

 よだきんぼ(宮崎弁で、なまけもの) の虫も、また頭をもたげている。

2017年12月 6日 (水)

青島太平洋マラソン2017  出ないと思っていたのに

  一昨日のブログで、今年の青島太平洋マラソンを欠場するかもしれないと書いたのを見て、行政書士の甲斐博さんから電話をもらった。
 
  甲斐博さんは、行政書士で社会保険労務士。
 
  私と違って、職員さんを何人かかかえて、多忙な日々を送っておられる。
 
  その一方で、強烈なマラソンマニア(失礼)でもある。
 
  もちろん青島太平洋マラソンは走るのだが、それ以外にも年に二、三本、フルマラソンを走る。
 
 それのみならず、100㎞のウルトラマラソンまで走るという、強烈なマラソンマニアなのだ。

 

 今年私が青島太平洋マラソンを走ることになったのは、甲斐さんの度々の誘いがあったせいでもある。

 

 私が欠場するかもしれないと書いてあったので、心配して電話をしてくれたのだ。

 

 実は、ブログには欠場するかもしれないと書いたのだが、気持ちは出ないことに傾いていた。

 

 風邪気味なのは本当なのだが、鼻水がとまらないだけで、熱は無いし咳もそんなにひどくない。

 

 今回のマラソンは、初マラソンの記録を破ることを目標にしていたのだが、練習タイムからすると、どうやらそれが難しそうなのだ。

 

 目標を見失って、大会を目前にして走りたくないなあという気持ちがわいてきていた。 
 実は一昨日、熱は無いし体調は悪くないから最後の練習をしてみた。

 

 走っていたら、風邪をひいたの理由に欠場しようという悪魔のささやきが聞こえてきた。

 

 「あんなに苦しい思いをして走って、なんになるんだ。病気なんだから走らなくてもいいじゃないか」

 

 お粗末なドラマなら、ここで天使の「せっかく練習をしてきたじゃないか。なんでもほうりなげるのが、悪いところだよ。いっしょに走ろうという仲間のためにも走ったほうがいいよ。」という声が聞こえて来るのだろうが、いいかげんな私に、天使の声は聞こえて来なかった。

 

 「よし、風邪を理由に休もう」

 

 楽な方に逃げるのが、いつもの私の生き方。

 

 欠場を決心した。

 

 しかし、甲斐さんの電話は、実に心優しいものだった。

 

 「せっかく練習を続けてきたのに残念ですね。でも、無理はしない方がいいですよ」
と言ってくれた。

 

 いっしょに電車で行く予定だったで、「前日の具合で、行けそうか行けそうにないか連絡してください」とも言われた。

 

 私はつい、その言葉に、おもねるような言葉を発してしまった。

 

 「鼻水が出て少し咳も出るけど、ぜんぜん熱はないからね。当日走れそうだったら出ようと思っているけど、前日まで様子を見て、連絡します」と答えた。

 

 本当は、出ないと決めていたのにである。

 

 すると甲斐さん、「熱が無いんだったら、あと4日もあるから、きっとよくなりますよ。咳が出なくなれば走れますよ。記録は気にせず楽しんで走ればいいですよ。せっかく練習してきたのだから、楽しまないと損ですよ。」なんてことを言う。

 

 甲斐さんはフルマラソンが楽しいのだ。42㎞走っている間ずっと楽しいようなのだ。
 私の経験では、完走したときに喜びを感じたが、走っている間は苦しみしかない。

 

 10㎞まではいいが、20㎞くらいから足が痛くなってくる。
 
 20㎞を過ぎると足はさらに痛くなり、呼吸も苦しくなってくる。

 

 30㎞を過ぎると足は激痛。走ったり歩いたりだから呼吸は苦しくはないが、ひたすら痛みに耐えて走り続けなくてはいけない。

 

 それは、まさに苦行。

 

 私は、それから逃げるために、ずる休みを決め込んでいた。

 

 なんだかんだと出れそうに無い理由を並べていた。

 

 それに気がつかない甲斐さんは、私をなぐさめ、はげましてくれる。

 

 最後にもう一度、「記録は気にせず、楽しんで走ればいいですよ。きっと出れますよ。」との言葉。

 

 そうだなあ。記録は気にせず、最後のフルマラソンを走ってみようかな。

 

 今日も熱は平熱。

2017年12月 4日 (月)

青島太平洋マラソン2017 暗雲 欠場するかもしれない

 昨日の福岡国際マラソン。よかったですねー。

 見どころ満載。

 私個人的には、自己2回目のマラソンで国内初マラソンの大迫選手と、初マラソンの神野大地の走りに興味があった。

 大迫選手は国内の企業に所属しないプロのマラソンランナー。

 どこから資金を得ているのか私は知らないのだが、とにかくプロのランナーということで自己2回目、国内初マラソンということだけど記録が期待される選手ということだった。

 神野選手は、箱根駅伝の3代目山の神といわれた選手。

 卒業後、コニタミノルカに入社してマラソンに転向しての初マラソン。

 どこかで遭遇した小出監督の影響を受けて、80㎞走をやったという過酷な練習に取り組んでいるという話しを聞いた。

 私が期待するのは、この2人ともイケメンでスター性を感じることだ。

 昨日の結果は、大迫選手は将来に期待できるようなすばらしい走り。

 2時間7分19秒で3位。日本人1位。

 プロと言うにふさわしい見事な走り。

 今後が大いに期待される。

 残念ながら神野選手は、早々に遅れはじめてテレビの画面で見られなくなったが、初マラソンとしては上出来の13位。

 当地(宮崎県の北端の街・延岡市)地元旭化成から出場の、深津、佐々木両選手も10位12位と健闘。

 マラソン放送は、2時間余ただ走る姿が映っているだけで、テレビ画面に大きな変化は無い。

 トイレに立って帰って来ても、テレビの画面は変わっていない。

 それなのに、なぜか目を離せない。

 視聴率がすべてのテレビが2時間余の時間枠を取って放送するということは、私と同じ思いのファンがいるのだろう。

 私は、何十年もマラソン放送を見ていて、一生に一度は経験してみたいと思っていた。

 そして4年前に、青島太平洋マラソンに初出場。

 一度経験するだけのつもりでの参加だったが、去年、再度の出場。

 去年は、苦しくて、もう2度とは走らないと思っていたのだが、何人かの若い人から誘われて、今年も出ることになった。

 マラソンは体に悪いと感じているから、絶対に今年が最後と宣言しての出場だった。

 その最後の青島太平洋マラソンが来週の日曜日(10日)。

 残すところ1週間となったのだが、一昨日の朝、起きると鼻の奥が痛い。

 風邪かなと思っていたが、熱もなく咳もでない。

 急に寒くなったせいで、鼻炎の症状が出たのだろうと思っていたのだが、昨日は、ちょっと喉に違和感を感じた。

 そして、今日。ちょっと咳が出だした。

 日頃、人込みに出ることもないし、人と接触することも少ないのに、どこで風邪をもらったのだろう。

 そういえば、ちょっと気になっていたことがある。

 先週の木曜日に宅建協会の忘年会があった。

 その2次会で行ったスナックのマスターが、鼻声で風邪をひいているのではないかとちょっと不安に思った。

 それで、意識してそのマスターから離れた位置に座っていたのだが、やっぱり彼が風邪をひいていたのかもしれない。

 大会まであと1週間。

 42㎞は過酷なのだ。

 悪化するようだったら迷わず棄権するつもりだ。

 最後のマラソンに暗雲が漂っている。

  

2017年11月12日 (日)

青島太平洋マラソン 自己新記録はあきらめた

 今年の青島太平洋マラソンまで、あと1カ月を切った。

 4年前の初マラソンのときは、マラソン本を何冊も読んで、計画的に練習した。

 マラソン本では、大会の3週間前までに30㎞走をやることをすすめていた。

 初マラソンのときは、30㎞走をやった。

 そのとき、25㎞までは難なく走れたが、25㎞過ぎから急激に足が痛くなったことを記憶している。

 去年、2回目のフルマラソンを走った。

 初マラソンのときは、当初100メートルも走れなかった状態からの練習だったが、去年は最初から10㎞走れた。

 それが過信につながり、週に1回か2回の10㎞走だけで大会を迎えた。

 結果は、初マラソンの時の数倍苦しい思いをした。

 記録も30分以上悪かった。

 その轍を踏まないぞと思っていたのだが、今年も、去年と同じような練習を続けていた。

 気がつけば、大会1カ月前になっていた。

 4年前はどうだったのか、自分のブログで確認してみた。

 10月28日には、10㎞を58分48秒で走っている。

 そして、11月4日に30㎞走をやっている。

 毎日の練習は夜にやっているが、30㎞走は3時間以上かかるので昼間に走るしかない。

 体への影響を考えると、大会の3週間以上前に走らなくてはならない。

 ということで、急遽、今日30㎞走をやることにした。

 準備万端、携帯する水を1ℓ分用意して昼過ぎにスタート。

 14㎞までは順調だった。

 といっても1㎞を6分40秒くらいのゆっくりしたペース。

 4年前の初出場の大会のときの20㎞地点のスピードより遅いペースだ。

 とりあえずは30㎞完走するためのペース配分だった。

 ところが、15㎞から急にペースダウン。

 スマホを見ると、7分30秒台。

 16㎞地点からは、歩きが混じる。

 20㎞地点からは、半分くらい歩いてしまい、さらに8分/㎞にペースダウン。

 とてもじゃないけど30㎞は無理。

 22㎞にて打ち切り。

 今年、初マラソンの記録を更新して、有終の美をかざって、最後のマラソンにしようと思っていた。

 しかし、その計画はあきらめた。

 せめて、屈辱にまみれた去年の記録を更新して、最後のマラソンにすることにしよう。

  

 

2017年11月 7日 (火)

青島太平洋マラソン2107  年に負けたくはない

 今年の青島太平洋マラソンまで、残すところ1カ月余り。

 4年前に初出場。

 死ぬまでに1度経験してみたいというのが動機だった。

 走ってみたら、まわりにマラソンフォンが何人もいて、そんな人に誘われて、去年、3年ぶりに再出場。

 初マラソンのときは、完走できる自信がなかった。

 運動とは無縁の60歳過ぎのメタボおじさんだったから、マラソン本を何冊も読んで、歩くことから始めた。

 その甲斐あって、半年の練習で4時間代で走れた。

 それが、悪い自信になって、去年は練習不足で途中で足がつり、最後の10㎞は半分以上歩いて、5時間半でなんとかゴールイン。

 もう2度と走らないと思っていたのだが、まわりのマラソン人の誘いに乗せられて、もう一度だけ走ることにした。

 去年の雪辱を晴らしたいという思いもわいてきたせいでもある。

 今年1月から血圧対策でジョギングをしていたのだが、青島太平洋マラソンにでることに決めてからはマラソンの練習に切り換えた。

 切り換えたつもりだったのだが、まだまだ時間があると思って、軽いジョギングを続けていた。

 大会の直前3カ月前から本格的な練習をすればいいと思っていたのだが、気がつけば残すところ1カ月余り。

 苦しくないスピードのジョギングを続けて来ていて、苦もなく10㎞を走ることはできるのだが、スピードがあがらない。

 10月からスピードを上げることを意識しているのだが、スピードがでない。

 初出場の年は、今頃は10㎞1時間以内で走れていたはずだ。

 それが今年は、少し苦しい思いをして走ってみても、1時間を切れない。

 4年前のブログをチェックしてみたら、10月14日に15㎞走、23日に20㎞走、そして11月4日に30㎞走をやっている。

 やっぱり計画的に練習していたのだ。

 あのときの経験で、1度は30㎞走をやっておきたい。

 30㎞走は、3週間前までにやるべきだったはず。

 ということで、一昨日あわてて、まずは15㎞走をやってみた。

 これは難なくできた。

 4年前の15㎞走のときのブログを見ると、やっとかっとで、なんとか走っている。

 一昨日の15㎞走は、楽に走ったのだが4年前よりはタイムは良い。

 4年も年をくったが、持久力は進歩しているようだ。

 あと1カ月、気をひきしめて、なんとか4年前の記録を更新したいと思っている。

  

  

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